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本づくりの醍醐味〜その2の続き、作者と編集者の愉しい二人三脚

更新日:2019年11月23日

 前のブログの終わりに少しだけ触れた、タイプライターの販売店をされていた方から、ご自身のタイプライター・コレクションを手放したいと相談を受けたという話です。


 仮にこの方をAさんとしましょう。このAさんとの出会いは、たまたま街で出会った程度の、ほんの偶然だったのですが、実は、わたしたちが「LOVE MY LIFE BOOKS」を立ち上げたのはAさんのおかげかなと、いま振り返るとそう思える楽しい出会いでした。


 「年齢的にもこれ以上コレクションを続けるのはしんどいが、自分なりの思いを残しておきたい」というAさん。そんな彼が、わたしたちにした提案はちょっとユニークなものでした。「ついてはわたしのコレクションをヤフオクで売ってほしい。ただ自分ではやり方がわからないので、原稿は用意するから写真を撮って画面にアップしてくれ。落札されれば、売れた利益の半分をわたすよ」


 当時わたしたちは、タイプライターがいくらで売れるものかなんて知りませんでしたが、この話に乗ったのは、そんなAさんが見せてくれたタイプライターについて記した原稿のせいでした。それは原稿というよりも、個々の機械の特徴を書いたほぼ断片的なメモと言うべきものでしたが、ただ、そこにはタイプライターという古い機械から、わたしたちが知らなかった19世紀末から20世紀中ごろまでに至る産業と文化にかかわる技術革命史が垣間見えてくるような、面白さが感じられたのです。


 Aさんのメモ原稿には、たとえば、タイプライター黎明期の技術の混乱、マシンのデザインやキーボードのスタイルの変遷、開発技術者のアイデアの面白さ、それによるメーカーの興亡、文豪ヘミングウェイが愛したタイプライターの逸話など……実に多彩な視点があり、その背後にはかなりドラマティックな物語があることが伺えました。


 わたしたちは、このメモをもとに既存のタイプライターに関する本やインターネットに載っている海外のコレクター・サイトなどを調べ、Aさんと一緒に原稿を作成。記録となる写真を撮影し、その原稿と画像データを用いて、すでに10数点のAさんのコレクションをヤフオクに出品させていただきました。わたしたちは出品するたびにAさんと一緒に、「どんな値段が付くかな」とワクワクしながらオークションの推移を愉しみました。


 結果は、自分で言うのもなんですが、本当に素晴らしいものでした。実はタイプライターというのはヤフオクではあまり人気のない商品です。それでも、わたしたちが出品したタイプライターは、他の出品されていたタイプライターと比較すると、すべて倍以上の値段で落札されました。


 うれしかったのは、出品し始めるとすぐ、大手出版社の編集者でタイプライターのコレクションを始められた方に落札していただき、その方から「次を楽しみにしています」と何度もメッセージをいただきながら、結局5点以上、落札していただきました。ほかの落札者の方からも「わが家の家宝にします」とか「おじいさんが同じタイプライターを持っていたので、どうしても欲しくなって落札しました。大切にします」など、驚くほどたくさんのメッセージをいただけ、Aさんもとても喜び、満足そうでした。


 人生のなかで、人はそれぞれに「思い」があり「大切にしているもの」があります。Aさんが大切にしていたタイプライターたちは別の人のもとに移りましたが、Aさんのコレクションへの「思い」はAさんの喜びとともに、その人に引き継がれたのではないでしょうか。


 Aさんが最終的に本をつくるかどうかはまだ決まってはいませんが、作者と編集者が二人三脚で何かを表現すれば、こんな風にいろんな愉しさが生まれるものだと実感しています。


 「LOVE MY LIFE BOOKS」では、本づくりだけでなく、いろんな二人三脚で人生の想い出をかたちにしていければと考えています。ぜひお気軽にご相談ください。


 最後に、Aさんとわたしたちがつくった、コレクションの紹介文をおひとつ(ヤフオク掲載版からアレンジしたAさん用の記録保存版です)。少々長めなので、お暇なときにお目通しをどうぞ。


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Remington Standard Typewriter No.7 

“タイプライターの父”ショールズの遺産


SERIAL No.108,560 / 製造年:1902年

メーカー:Remington Standard Typewriter Company (U.S.A)


 “Remington Standard Typewriter No.7”は、一世紀以上前に始まったタイプライターの起源を物語るマシンである。米国では“タイプライターの父”として知られるクリストファー・レイサム・ショールズ(Christopher Latham Sholes 1819-1890)。1874年、彼らが開発した試作機をもとに、世界で初めて商業用タイプライターを製造したのがE. Remington & Sons社だ。その最初の製品に付けられていた名こそが『TYPE-WRITER』(正確には“Sholes & Glidden Type-writer”)だった。ショールズは“タイプライター”の生みの親であるとともに名付け親でもあったのだ。


 ショールズの発明で、まず特筆すべきは “アップストライク式”と呼ばれる高速な印字機構である。文字キーを押すと機械の中央に円周状に吊されたタイプバー(活字棒)が跳ね上がり(アップ)、上部のプラテン(用紙送りローラー)に巻かれた紙を打刻(ストライク)することで印字される仕組みだ。そのタイピングスピードには当時の速記者も目を見張るほどで、タイプライターは“人の能力を超える機械”として広く認められていったようだ。


 タイプライターの市場性に確信を得たE. Remington & Sons社のエンジニアたちは、ショールズの発明にさらに独自の改良を加えて、新機種(第2世代:1879年から発売されたNo.2〜No.5)の量産を進める。1886年には、同社のタイプライター製造部門はRemington Standard Typewriter社という独立した専業メーカーとなり、タイプライターという新しい製品市場を創造していった。


 しかし発明による市場の創造は、新たな競争の始まりでもある。生まれたばかりの革命的製品は、得てして次の革新への技術課題を内包している。では、ショールズが発明したアップストライク式タイプライターの課題は何だったのか。それは「タイピング中、打った文字をリアルタイムで見ることができない」という極めて分かりやすい弱点だった。アップストライク式の機構では、機械内部でプラテンの下部に印字するため、打った文字を即確認するには、その都度プラテンを持ち上げて裏側を見る必要があったのだ。



 1880年代には、レミントン社と競うべく多くのメーカーが市場参入し、この弱点の克服を狙った激しい開発競争を展開した。1900年、ついにこの弱点を克服し、打った文字がその場で見える“フロントストライク式”タイプライター“Underwood Standard Typewriter No.5”が登場する。そのインパクトは甚大で、欧米社会にタイプライターが劇的に普及していくなか、Underwood No.5は発売後10年間で50%以上の市場シェアを獲得する。結果、20世紀初頭には、ほぼ全メーカーがフロントストライク式を採用した製品へと切り替わっていった。アップストライク式の製品は“Blind Typewriter”という不名誉な呼称を付けられ、“見えないという致命的な欠陥”を持つ旧世紀の産業遺物となってしまったのである。


 今日、19世紀のタイプライターがまずまともな状態で残っていないのは、この決定的な技術革新があったからだと推測される。タイプライター創成期に造られた製品は、その後の80年にわたるフロントストライク式タイプライター全盛期の間に、その殆どが鉄屑として処分されたか、どこかの倉庫の片隅で朽ち果ててしまったに違いない。


 しかし、いま、私の手元にあるこのマシンは、状態としては現存する“Remington Standard Typewriter No.7”のなかでも、おそらく最高水準に近いものだろう。このタイプライターは110余年を経たものとはとても思えないほど美しい外観が保たれている上、完全動作品だ。紙送り、キャリッジの移動など、すべてスムーズに動作し、心地のいいタイピングができるのがまた素晴らしい。


 さて、この“心地よくタイピングができる”というのも、技術史的に見れば驚くべきことだろう。この19世紀末にショールズが初めて考案したタイプライターのキー配列が現代のPCと同じ“QWERTY配列”であるということだ。これは、キーボードの二段目、左上の文字列を見れば、“QWERTY配列”が承継されていることが分かるだろう。1880年代後半には、新興メーカーから、新しいタイピング機構でより効率的に入力できる独自のキー配列の製品が次々と発売された。だが、当時圧倒的なシェアを占めていたレミントンのタイピングに慣れたユーザーは、これらの新しいキー配列を拒絶する。結局、他社がマシンを売るためにはレミントンと同じキーボード配列に従うしかなく、以来QWERTY配列はキーボードの標準仕様となった。



 IT全盛のいま、もはや使われることは無いタイプライターだが、では、現代に引き継がれているこの“QWERTY配列”のみが「ショールズの遺産」と言うべきか?いや、そうではないだろう。


 “Remington Standard Typewriter No.7”————このアップストライク式タイプライターには、発明者ショールズの知恵と尽きることなき情熱とともに、当時の、そしてその後の、最先端のマシンづくり挑んだエンジニアや実業家たちの「革命」創成期の物語が詰まっている。19世紀末〜20世紀初頭、ショールズの発明からタイプライターがビジネス社会に根付き、それから半世紀以上、その時代、時代の最高の製造技術とアイデアを駆使して造り上げられたさまざまなマシンたち。


私は、一世紀も前のビジネスドラマに思いを馳せながら、その歴史に残る名品のすべてが「ショールズの遺産」なのだと思っている。その歴史的価値は、今後ますます高まってくるだろう。




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